アルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドア(英: 来歴
- 生い立ち
1881年、モールド・オン・ザ・ウォルドに住むダンブルドア家の長男として生まれる。その後、父パーシバルがマグルの若者を襲撃しアズカバンへ投獄され(後に獄死)、これを機にダンブルドア家はゴドリックの谷へ移住する。
1892年、ホグワーツ魔法魔術学校に入学、グリフィンドール寮生となる。在学中は監督生と首席に選ばれ、またバーナバス・フィンクリー優秀呪文賞やカイロ国際錬金術会議特別功労賞を受賞するなど数々の栄誉に輝く。
1899年、卒業記念旅行の出発前夜に母ケンドラが死亡。弟(アバーフォース・ダンブルドア)をホグワーツで学ばせ、家に残される妹(アリアナ・ダンブルドア)の世話をするために、ゴドリックの谷に留まるが、同年夏、ゴドリックの谷を訪れたゲラート・グリンデルバルドと意気投合。アルバスはグリンデルバルドの計画に夢中になるが、2人の計画にアバーフォースが反対し、アバーフォース、グリンデルバルドとの三つ巴の争いになる。これに妹が巻き込まれて亡くなる。この事件を受けてグリンデルバルドはゴドリックの谷を去り、後に対決するまで2人が再び会うことはなかった。
その後、母校の「変身術」教授に就任。1938年にはトム・マールヴォロ・リドルにホグワーツ入学を薦め、1943年には退学処分になったルビウス・ハグリッドを森番としてホグワーツに残れるよう取り計らっている。
1945年、闇の魔法使いとして勢力を広げていたグリンデルバルドと決闘し勝利。この時、グリンデルバルドが持っていたニワトコの杖の忠誠を得る。
蛙チョコレートに付いているカードによると、この他にもドラゴンの血の12の使用法を発見したり、ニコラス・フラメルと錬金術の共同研究を行ったりと数々の功績を残しており、マーリン勲章勲一等を授与されている他、大魔法使い、魔法戦士隊長、最上級独立魔法使い、国際魔法使い連盟議長、ウィゼンガモット最高裁主席魔法戦士、といった肩書きを持っている(後半2つは5巻で一時剥奪されている)。
1956年頃、母校の校長に就任。ヴォルデモートが暗躍し始めると、不死鳥の騎士団を結成してこれに対抗する。1981年10月31日、ヴォルデモートが失踪すると、ヴォルデモートの「死の呪い」から生き残ったハリー・ポッターをペチュニア・ダーズリー一家に預けた。
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